Requiem aeternam



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あの日は良く晴れていたわけで
むしろ小春日だったわけで
セイバーは今朝も士郎に稽古をつけて、少し寝不足だったわけで


あの日はとてもとても・・・


ととと、と廊下を渡る足音
軽くてリズム良いそれに伴って、柔らかな光を透す障子に小柄な影が動いた
「士郎・・・士郎?」
確か今朝は寝不足だといって、休んでいたはずだ。
マスターを探す声はいつになく切羽詰っている気がした。
仕方ない
「どうした、セイバー」
そう応えると
「ああ、士郎そこですか。・・・実はお腹が・・・・その・・・空いてしまって」
障子を引いて、こちらの姿を確認したセイバーは、安心しきった表情を一変させて引きつった
「すまないが私は・・・」
「ア・・・アーチャー・・・!!」
うろたえ、後ずさり、瞬く間に顔が真っ赤になる
「どうしてあなたが…」
「ああ・・・凛が君のマスターを新都まで連れ出していてな。昼過ぎまで帰らん、洗濯物は頼んだと、そういうわけだ」
畳みかけの洗濯物を示して見せると、消え入りそうな声で「そうですか・・・」と
真っ赤になって俯いている。確かに今のお腹すいた発言を他人に聞かれるのは、最強の英霊にして騎士王たる・・・というよりは年頃の娘として堪らんものがあるだろう
「・・・腹が空いたのか」
「う・・・そ、それは・・・」
「魔力の枯渇はサーヴァントにとっては死活問題だ、放置してよい問題ではない。私が作ろう」
立ち上がって膝を払う
「な・・・今なんと・・?」
「私が君に食事を提供しようというわけだよ。何、洗濯が早く片付きすぎた片手間だ、すぐとりかかろう」
驚きすぎて固まっているセイバーを置いて、台所に向かった


「あの・・・アーチャー・・・」
どこかおずおずとしながら台所にやってきたセイバーは、いつもは士郎の使用している濃紺のエプロンを締めた私の姿に再び絶句した
「どうした?居間で待っていたまえ。・・・ああ、毒でも盛られるかと心配か?」
「違います!!・・・あーその・・・」
「その、なんだね?」
騎士王は、少し頬を赤らめて
「手伝おうかと思ったのです・・・」
今度は私が絶句した
「それは・・・」
返す言葉が見つからない私に、セイバーは慌てて
「ち・・・違います!今は協定を結んでいるとはいえ、いつかは敵に回るあなたに借りをつくっていては・・・その・・・よくないですから・・・」
「ふむ・・・そうか。しかしセイバー、君の手助けで調理がスムーズに運ぶとは思えんが・・・」
「それは・・・」
(どう言う意味ですか、嘗めないで下さい)と瞳が続ける
「そう、怒らんでくれ。現実問題として、包丁ひとつとっても君が私以上につかいこなせるとは思えん。どうか大人しくしていてくれ」
そう言ってしまってから、どうやら自分が説得の仕方を間違ったことに気が付いた
剣の英霊は、包丁について甚くプライドを傷つけられたらしい
「あー・・・セイバー?」
「なんですか、アーチャー」
無言でエプロンを付け始めたセイバーがニッコリと微笑む
・・・お手上げのようだ
「なんでもないよ、まずは手を洗ってくれ」


「・・・アーチャー・・・」
「なんだね」
「・・・・・・・」
黙っているセイバーの手元には、切り口が乱れた人参
玉葱のみじん切りを量産中のこちらの手元を恨めしそうに見つめている
「・・・セイバー、私が君に切れない包丁を回したと思っているのならそれは誤解だよ」
「でも・・・」
「包丁というものは君たちの振り回す剣とは構造が違う。・・・押して‘断つ‘のではなく引いて‘切る‘のだよ」
「・・・・」
流石に飲み込みの速さは尋常ではない
すぐに軽やかなリズムが二つ、台所に響いた


「「そうですねー!!」」
テレビから昼の番組の能天気な掛け声が聞こえてくる
畳んだ洗濯物をしまって戻ると
「セイバー・・・これは」
「はやく席についてくださいアーチャー、冷めてしまう」
大皿ひとつに取り皿がふたつ、レンゲが二つ
セイバーが急須を持ってくるところだった、当然湯飲みは二つだ
「君が食べればいい、君の為に作ったものだ」
「いいえ、そうはいきません」
ちっちっち、と指を振ると
「先ほどの調理の際に、あなたが毒を盛っているかもしれません。毒見を一緒にしていただきます」
そういってふんわり笑った
(まったく・・・この笑顔にはだれもかなうまい)
「・・・いただこう」


あの日はとても暖かくて、冬とは思えない小春日で
セイバーは腹ペコで、アーチャーはいつもより少し機嫌がよく


あの日は・・・


今になって考え至るのだ、あの料理の味は士郎の作るそれと、とてもよく似ていて
「・・・何か私の顔についていますか?」
「いや」
そういって微笑む彼の表情もまた、士郎のものと・・・とても・・


「セイバー、行こう」
凛と最後の作戦会議を終えた士郎が、庭で星を読む私を呼んだ
「了解です、士郎」
士郎の後を追って、ふと気付く
(ああ・・・)
この半月で、随分逞しくなったその後姿の
なんてあなたに・・・・
「どうかしたか?セイバー」
私は頭を振る
「いいえ、士郎。さぁ、行こう」


あの日はまるで春のように暖かな冬の日で、私とあなたはほんのひと時夢を見た
手のひらを染める血潮を忘れ、未来永劫続く剣の道のことさえ忘れた
(不思議ですねアーチャー・・・)
私の剣は還った
きっとギルガメシュは士郎が倒した
(なぜかあなたのことばかり思い出されるのです・・・)
長い長い旅路の終わり
木漏れ日がまぶしくて、瞳を閉じた
(なぜでしょうね・・・)
ああ・・・あの、なつかし・・・・い


「セイバー」
「はい、なんですか、アーチャー」
「そんなに急いで食べなくとも、私はそんなにたくさんは食べないよ」
そう言って、早くも急須でお茶を注いでいる
「・・・何故食べないのですか」
「ん?」
「私とではおいしくないだろうか」
「・・・そんなことはない」
「では何故」


答えずにいたら彼女は、少し悲しそうにしてしまったけれど


弓引きの英霊は一人、剣の丘で眠る
ひと時の休息の合間見る夢は、いつも懐かしい
彼女の幸せそうな微笑を、少しでも長く見ていたいのだと
夢の中でだけ、彼は何度も繰り返す


あの日はまるで春のように暖かな冬の日で、私とあなたはほんのひと時夢を見た
手のひらを染める血潮を忘れ、未来永劫続く剣の道のことさえ忘れた
懐かしい、あの日







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